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ヨコハマ上空を回遊する巨大なクジラの浮遊空挺の上で、
歴史と夢の詰まった港町が焦土にされぬよう、比喩ではなくの命をかけて。
素手丸腰、ただし異能使い放題で、死闘を繰り広げたことはあったというから、
まだどこか幼い風貌ながら
彼女らもまた、結構 奇想天外な状況に馴染んではいたようだったれど。
実は今いる次元のすぐお隣に、何かがちょっとズレているもう一つの時空があって
そこには貴方と異様によく似た人生を歩むもう一人の貴方がいて…と
そんな風に紹介されよう不思議な世界から召喚されたらしいなんて
“どこのファンタジー小説かと、
赤の他人に起きたことなら容赦なく突っ込めたろうにね。”
見知ったお顔の同僚の皆様が、
風貌もいでたちもそのまま、すっかり異性へ早変わりしていて、
自分たちの性別の方こそおかしいのだと思い知らされては、
銃弾や巌が降りそそぐただ中に居るよりも心細くもなるらしく。
“どうして男の人なのですか?なんて訊かれ、
ぴるぴると怯えられた挙句に泣き出されてしまってはねぇ。”
何とも理解不能、SFチックな事態に見舞われた面々だったが、
それでも何とか様子見をしようとの方針が固まったようで。
正確にいやあ、突拍子もなさ過ぎる事例なため、
とりあえず件の異能者の手になった様々な召喚物らが
気が付けば掻き消すように戻っていった期限の 2,3日を待ってみることとなり。
そんな中、
『すまんな敦。
落ち着けねぇかも知れねぇが、ちっとだけ我慢してくれ。』
本来…と言って適切かどうかもやや疑問ながら、
そちらの方が環境的風景的に馴染みもあろう場所だろうからと。
いなくなった格好の芥川の居場所でもあったポートマフィアへ、
中也が身柄を預かる体で一旦“戻る”こととなった龍之介嬢で。
『首領への報告も要るからな。』
『そうだったね。』
こちら世界の本来の住人たる“彼”だとて好きで不在なわけじゃあなし、
失踪扱いされる前に、遺憾な現状の詳細
せめてきちんと最高責任者へ知らせておかねばならぬだろうと。
裏社会の雄たる彼らが支配しよう“夜”がひたひた近づく中、
見た目以上に変則的な二人で、ポートマフィアの本拠へ戻って行った彼らだったが、
『落ち着けぬなら、やつがれの外套を置いてゆこうか?』
『そんなしたら、ますます怪しまれちゃうよぉ。』
ただでさえ、女の子の背格好になっているのに、
外套までなかったら付き添う中也さんも困っちゃうよと。
やっと泣き止んだものの目許を真っ赤にした敦嬢から、
自分は頑張るから心配しないでと、どう見たってやせ我慢な励ましを貰い。
今生の別れもかくやと泣きの涙で見送られ、後ろ髪を引かれまくって去ってった漆黒の覇者嬢だったが、
その翌日の早朝には、乱歩の要請で早くも探偵社へ呼び出されることと相成っており。
ちなみに、ポートマフィアの方では、
『先輩〜〜〜〜〜〜っ、どうしましたかその可憐なお姿はっっっ!
首領、なんてお顔なさってますか、
女性へ転変なさってもこれほどの美少女でおわすなんて、
芥川センパイ以外の何物でもないでしょうっっ。
一体どんな不埒な異能に翻弄されておいでですかっ?
現代に生まれ間違えた、アフロディテかミューズの爆誕っ!
ちょっと待っててくださいね、買ったばかりの一眼レフが吠えたいと啼いてますっ。』
『樋口、うるさいっ!』
『おおお、これはまさしく芥川くんだね。』
大人しく構えていたものの、そこも身に染みていた習慣からか、
ついつい五月蠅いぞと怒鳴ってしまい、
そんな格好で別世界における本人だということが証明されてたのは さておいて。(笑)
食べたい時がもぐもぐタイムな名探偵曰く、
___現れた時と出来るだけ環境を同じにしといたほうがいい。
今回のややけったいな異能は、
それを起こした異能者の意思に添うて発動したものながら、制御は為されておらず。
無効化の異能力者が触れても事態に変化はないし、
本人が寝ても、ちょっと試しに意識を失ってもらっても、(おいおい)
やっぱり状況は変わらない。
となると自然解除を待つしかなく。
先の例 (シマウマやらテトラポッドやら)では2,3日でほどけるらしいと判明していたが、
「出来得る限り、無事に戻ってほしいじゃないか。」
お嬢さんたちは勿論のこと、どこかへ去ったままな仲間の消息だって心配だ。
共に入れ替わったというのなら、その条件は出来るだけ同じにしといた方がよかろう。
二人が離れていたばっかりに、知らぬうちに知らぬ土地へ戻されていたなんて目も当てられない。
「何なら問題のコンビニへ戻って、何か兆しが表れるまで居座っててもいいかも。」
「いやそれはちょっと。」
さすが我儘大将でもある知将の、いかにも奔放なお言いようへ、
既に通常営業へ戻っている一般のお店へ迷惑かけるのは…と、
国木田と谷崎が手のひら立てて制止を掛けてる傍らで。
そのあしらいへキョトンとしているお嬢さんたちへは太宰が苦笑を振り向ける。
「乱歩さんも心配しているのだよ。」
無かったものが突如現れた現象の終焉は、現れたものの忽然とした消失だ。
2,3日でいつのまにか消えていたのであり、その行方は杳として知れない。
異能者の意図も関係なければ、異能無効化を繰り出してもびくともしなかった頑固な現象で、
よってそれと同じことが彼女らへも起きると踏んでおり、
「ホメオスタシス、みたいな働きじゃあないのかなぁと見越しているんだがね。」
「…何ですて?」
聞きなれない単語へ、ついつい敦嬢が訊き返せば、
それは素直に小首を傾げるいとけなさへ
“いい子だね”と今度はうっとりしそうな微笑で返した太宰、
「敦くんには特に縁のあることなんだけどね。」
そんな言いようをし、何とか判りやすいよう噛み砕く。
ホメオスタシスというのは生体に見られる恒常性のことで、
人体に限らぬほぼ生体全般に見られるとある性能のこと。
「例えば気温が上がったり下がったり、急な雨に濡れたり、そういう外的環境の変化にあうとか、
運動をして体温が上がったり汗をたっぷりかいたりしても、
それなりの対処をするまでもないレベルであれば、自然と何とかなっているだろう?」
何だかぞくぞくっとしたが風邪を引くほどではなかったようだ、とかと言われ、
ああそれはと思い当たりへ頷くお嬢さん方へいい子いいこと笑みを深め、
体温や血糖値、血圧や拍動などという身体の内部環境を、
平たい言い方で健康であるために、というか、
生存するための一定範囲内に保持しようとする性質のことをそういうのだよ。
「敦くんには特に縁のある自然治癒力などがいい例。」
「ほやぁ…。」
名指しをされて、自分の胸元へ白い手を伏せ、
そんな力が誰へもそもそも宿っているものなんだよというの、
確かめるよな所作を取るのが何とも素直。
「そういう法則というか性質というかが この空間や時空にも働いていて、
違うところから強引に召喚されたものらは、
2,3日かけて 歪を生むものと把握され、
弾かれて元の空間へ戻されているんじゃないかって睨んでいるのさ。」
「…じゃあ、ボクらも?」
ああと乱歩が頷いたが、その表情は
常の飄々とした余裕からはみ出た真摯さが判るほどにやや堅い。
今回ばかりは不思議現象過ぎて、何がどうなるかは起きてみなくちゃあ判らない。
実は異能ではなく神懸かりな級の推理力を持つ彼であり、
それには材料が要るが、この場合、あまりにも傍証が足りない。
あの異能者自身にもこんなことが起きたなんてのはお初だったろう。
これまでは何処からともなく障害物を呼び招いていたものが、
目の前に立ちはだかった存在に“退け”と念じつつ触れたことから、
こんなややこしい運びになったわけで。
異能というもの、ほんに厄介な代物だ
胸の内にて誰ともなく呟いたのは憂慮か苛立ちか。
此処に居る皆が様々に翻弄されているそれへ、こたびばかりはついの泣き言が洩れたようである。
◇◇
特に依頼も飛び込まぬままの昨日今日だとあって、
異世界の彼らの日常を訊くことで茶話に花が咲いており。
というのも、
「敦さん可愛いvv」
「ほら、このリボンとか。」
「芥川さん、お肌すべすべ。」
「〜〜〜〜〜〜。」
「こらこらお嬢さん方、あんまりいじらない。」
うっかり接客用の間へ放置すると、
退屈でしょうとお茶など運んできた事務方の女性らに囲まれて、
可愛い可愛いといじられた挙句、異界の話を聞かせてとねだられるので。
慌てて太宰や中也が執務用の空間へと回収したが、
「だって、お兄様がほらこぉんな愛らしい女性だっていうし。」
「え? ななな何だ、これ。ナオミどうしたのこれ。///////////」
「敦さんが持ってた携帯にあったお写真ですわvv」
転送していただきましたと、ちゃっかりしたこと既にやってた可愛い女傑がコロコロ笑い。
その傍らから手元を覗き込んだ他の面々も、
「わあ、与謝野さん凛々しいです。」
「これは賢治だね、カチューシャしてて可愛いじゃないか♪」
「乱歩さん、コケティッシュですわねvv」
「ナオミも、男の子になってても何か妖艶だねぇ。」
「これって鏡花さんですわよね、なんて愛らし凛々しいことvv」
「わ。//////」
それぞれの“向こう”の姿を見せてもらってワイワイと和やかに盛り上がっており。
「…あれって情報漏洩にならねぇのか?」
「まあ、直接会うことは適わないほど遠いとこの人たちのことだし。」
しょうがないねぇとの苦笑交じり、
やや対岸から望むという大人の構えでいたはずの中也や太宰だったものが、
「太宰さん、女性ながらもイケメンですよvv」
「中原さんも歌劇の女優さんみたいな美人さんですvv」
「どれどれ♪」
「どうせ女たらしな顔なんだろうよ。」
ほらほらという手招きより、それを披露してくれたお嬢さんへの気遣いか。
それにしたって つられておれば世話はなく。
ワイワイと小さな端末へたかる輪の中へ、居合わせたほぼ全員が混ざったその末、
「国木田さんの写真もありますよ?」
「探偵社のお母さんって感じだねぇ。」
「良いから伏せとけ…っ あ、いや、伏せといてください、頼むから。」
怒鳴りかけて、輪の中に居た銀髪の少女がひくっと震えたのに気付き、
何とか穏便な言いようへ変えた辺りは彼なりに甘い。
それはともかく。(笑)
それがヒントになるとも思えないが、どうせ手持無沙汰なのだしと、
それは愛らしい二人の異邦人たちの、素性というか経歴などを訊いてみたところ、
姿のみならず、それぞれが経て来た生い立ちも同じようだし、周囲の環境もほぼ同じ。
同じようなタイミングやシチュエーションで泣いたり笑ったり怒ったり、
お互いへの相容れられない思いから衝突し、生死の境をさまようような大怪我も負ったし、
世の命運をその細い肩へ任されるような、それは過酷な事態へ送り出されてもいるという。
「聞けば聞くほど、重なるところが多いもんだね。」
異能なんていう面倒なものへの関わりようまで同じなようで、
今更 男尊女卑を持ち出すつもりはないけれど、それでも
体力膂力的にはか弱いだろう女性らが、
自分らも掻い潜ったあれこれに翻弄されたらしいというのは
他人の上へのそれだったという歯がゆさのような感じがし、
尚更に気の毒でならなくて。
「…辛かっただろうにな。」
自身の想い人の少年へも常から思うことであったが、
其方へはなかなか言ってやれない。
当の荒事に翻弄されているその場に居る身として、
心を鬼にし送り出さねばならなかったり、
最悪、敵対者として向かい合うケースもちらほらあったためであり。
その場で言えぬのは勿論だし、
完遂せしめた子へ、可哀想とか第一線から降りろなぞとはそれこそ言えない。
「甘いよね、相変わらず。」
ここぞとばかり いたわる中也に見えたのか、太宰がこっそり囁けば、
「俺は手前みてぇに
大事な奴へつれなく出来るよな腹芸なんて使えねぇんだよ。」
それでも立場上、何より相手の意思をこそ大事にしたくてという順番から、
日頃、本人へは耐えて控えているケースの甘やかしは多々あって。
心細かろうこの子らへ、あの子を重ねて何が悪いと、
そんな憤懣ごと、
要領がいいようでその実、不器用な元相棒へ言い返せば、
「ああ。そうだね。」
逆らう気配のない いらえが返る。
似ているというのは本人と別物だからこそ冠される表現なのであり。
たとい時空的な観点からのポジションとやらが同一だと言われようと、違うものは違う。
敦嬢や龍之介嬢が、共に居て、若しくは真っ向から睨み合うよな離れたところで、
笑ったり揉めたり憎んだり焦がれたりしたのは、目の前にいるこの人たちではないし、
太宰や中也にしても、見守っていた愛しい子はこの子らではない。
だからこそ出来るいたわりというものもあるのだなぁと、
切なげに目許口許を仄かに歪めておれば、
「うう…。」
何を感じ取ったか、またぞろ切なくなったらしい敦嬢が表情を歪めかけ、
傍に居た龍之介嬢のみならず、中也も見かねて肩に手を置く。
愛し子そっくりの、しかも女の子が涙するのは耐えられなかったようだが、
そんな彼女らへ、太宰がやんわりと告げたのが、
「向こうでも敦くんたちを前に、
向こうの私たちが同じような話をしているんだろうね。」
「あ……。」
そうだとしたら尚のこと泣くな、人虎と、
幾分か可憐な黒獣の主さんが嫋やかな腕伸ばし、
叱咤の言葉とは裏腹に薄い肩を抱いてやりつつ囁き。
「そうだな、こっちの敦はさすがにそうまで涙もろくはないが、
それでも “心細さにあの子は泣いてはないか”って
向こうの連中から心配されているかも知れねぇぞ?」
「はい……。/////////」
そうと優しいお声をかけてくれるのが、自分の想い人に似た存在なのが堪えたか。
はいと頷きながらも、口許が震えて嗚咽が漏れだし、
おいでと小首を傾げた、此処では兄様の懐へ、
一応は遠慮しておでこだけをくっつけ、泣いてしまった虎の子ちゃんだった。
to be continued. (18.02.24.〜)
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*ちょっと甘えたな敦ちゃんになっててすいません。
本来というか向こうでは お元気溌剌ガールなんでしょうが、
そうなるほど甘やかしてくれてたお姉さま方がいないので一気に心細くなったようです。

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